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Title : 氷の粒
モギケンが出てた脳科学の番組で、天才の脳についてやっていたのを観たことがある。
自閉症患者の中に、脳の一部が過剰に活性化する症候群の人が稀に出ることがあるのだそうだ。
中でも記憶力の面が天才的に特化する。


その内に、天才風景画家というのがあった。
彼は一度見た風景を、実に細部に至るまで記憶し、その記憶のみによって正確な風景画を描く。
神懸かり的なものだと思う。
しかしそれが脳の活性化による業であるということは、人間本来のポテンシャルということになる。
つまり、神業ではないのだ。


もちろん私は彼に嫉妬する。
全く一握りにも満たない人間がそれを開化するということは、神に選ばれたに等しいことだ。
しかし、考える。
彼にとってみれば、記憶の風景を描く行為は、頭の中の写真を写し取る行為なのだそうだ。
それは、ニュークリエイトではない。


神とは、巨大で膨大な未知。
未知を受胎して身体で成形するのが、アーティスト(と、飛呂彦は言う)
もちろん、ほぼすべての人間が駆使できずにいる知らない能力は、未知だと言えるからつまり、アートなのだと思う。


だけど本当に、未知は人の手から生まれるのだろうか。
信じていることだけれど、

脳で廻る生き物だから。
脳で知る。脳で感じている。
シックスセンスの類も、脳が感じ取って、認識するのだ。

未知とは、人の枠を超えていること。

脳で感じたものを、脳が“造れ”と言う。ならそれは、人の枠内の出来事?
所詮アートは、人の枠内で生まれるのだ、


そこまで考えて、そりゃそうだと思った。



重ねて言うが、天才風景画家はすごいと思っている。

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